2012年03月24日

雨の日の釣師〜開高健とわし♪


うひ〜!釣り行きたい。。(>_<)
南紀ではもう春イカが釣れ始めてるっちゅうのに。。

ここのところ、いろいろな事情が重なって
机に齧りついたまま全然釣りに行けていない。


こういう日が続くとどこか書斎で缶詰めになった
開高健 氏のような気分になってくる。


気を抜くとふらっと釣りに出掛けてしまいそうになるのを
手元の「オーパ!」をめくって堪えるのだが、
今度は意識だけがやれアマゾンやらアラスカやら
モンゴルやらに幽体離脱しそうになるので困ったものである。

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「オーパ!」開高 健(集英社 1978)


しばらくブログを放置してたことと、
先日、録り溜めておいた氏の旅の軌跡を辿る番組を
観たこともあって、何か無償に書きたくなったので
マスターベーションの一環でぐだぐだ書くことにした。
 
 


 
 
 


 
 
 

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まさに。

「オーパ!」の出版は1978年なので
当時、開高氏は50手前のおっちゃんで、
79年生まれのわしはまだ生まれてもいない。

なのに、ページをめくると氏と一緒になって
“少年”の心に戻ってしまうからなんとも不思議である。


この本と初めて出会ったのは幼少の頃で、
親父の書斎にあったのを読んで強く憧れたものだった。

読んだと言っても、当時は魚図鑑と恐竜図鑑の間の
“怪魚図鑑”でも眺めるような感覚で、
パラパラと写真を見ながら注釈を読む程度で
内容についてはほとんど読んでいなかった。

それでも親父と、兄貴達がしょっちゅう
氏やオーパ!の話をしていたので大体の事は知っていた。

斯くも、開高氏への憧れは強く、
“大人になったらこんなおっさんになるぞ”と
決心したはずだったのだが、未だ実現しそうにもない。


この本で知った魚は多く、
ワニをも一瞬で白骨化させてしまうピラーニャだとか、
淡水魚最大の古代魚ピラルクーだとか、
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黄金に輝くドラドだとか、トゥクナレだとか、
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サーベルなんちゃらだとか、
そんな怪物達のことが幼心に刻まれていった。


小学生の頃、海遊館で初めて本物の
ピラニアやピラルクを見た時は感動した。

けれど、心のどこかで何かがガラガラと
音を立てて崩れたのを今でも覚えている。

同じような体験は成人してからも何度かあって、
バリ島の観光船で甲板から客が投げたパンを奪い合う
GTの群れを目撃した時もそうだったし、
串本海中公園の展望塔の「エサ100円」に群れる
巨大なグレ達もそうだった。

あの時聞いた音は、ロマンが崩れる音だったんだろう。

彼らは野生だからロマンなのであって
そうでなければただの大きな珍魚達である。


ピラルクやGTや巨グレではないが、
男たるもの、いつまでも野生で在りたいと思う。

豊かさや安定も生きて行く上で必要ではあるが、
本心では社会に従順ではなく、冒険家で在りたい。

愛する者達と時間を共にしながら、
ロマンを求めて釣り糸を垂れ、美味い料理に舌鼓を打ち、
いつかの武勇伝を肴に酒を煽り、次の冒険に想いを馳せて
煙草を燻らす。

そうしていられるのであれば地位も名も財も要らないのだが、
最近ではそう在るためにはそういったものが必要なのかもしれない、
と、なんともお寒いオトナな感情を抱くようになってしまった。



大人になって読み直して改めて思ったが、
氏の魅力は単に釣り好きなだけではなかった。

さすがは芥川賞作家だけあって言葉のプロであり、
見たもの聞いたことが氏の曇りなきフィルターを通して
開高節と共に鮮烈に伝わってくる。

魚釣りや食を通じて、自然の厳しさや人間の弱さを、
文明の在り方や現代社会の醜さや脆さ、
退屈な日常についてや平常であることの有難さだとか、
くだらない拘りだとか氏の生き様だとか、
そういったいろいろな事を教えられている気がする。

人間とはなんと愚かで小さく傲慢で、
それでいてどこまでも愛おしいという、
どこか人類愛とも採れるような滑稽さが
文章や写真の節々から伝わってくる。

氏にそんなつもりがあったのかどうかは知らないし、
他の文献を読み漁った訳でもないので
氏を語ることなど到底できないけれど。


開高さんが生きた時代とは違うけれど、
人間の本質たるや何も変わってはいない。

氏が生きていたら今の時代をどう描き、
何を憂いただろう。



IMG_3947s.jpg
一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。
八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。
永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。

オーパ!の一節。

これによれば、わしは永遠の幸せ者ということになるが、
幼少の頃から親父や兄貴らに連れられて
釣りをしてきたので、釣りのない人生なぞ確かめる術もない。

確かに、釣りから学んだことや得たものは
たくさんあるようにも思う。
失ったものもちらほらあるような気もしなくはないが。

が、自分はともかく嫁や娘らや周囲の人々をも幸せに
出来ているのかと問われると、途端に自信がなくなる。


開高先生もそこまでは教えてくれないから
生涯を掛けて自分で答えを探し続けるしかない。



とりあえずアマゾンやアラスカじゃなくてもいいから
近場でいいから釣りに行きたいなぁ。。
と、現実逃避さえも煮え切らない中途半端なわしがいる。

開高さんにはなれそうもない。



ダメだこりゃ。(´Д` )






 


 

posted by HEYっち at 21:00 | 大阪 ☀ | ツッコミ(0) | TrackBack(0) | 釣りの話とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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